菜の花を支えてくれる人たち :『農業を通じて、子どもを見つめる~農業経営者・浅本克彦~その1』

みつばち菜の花保育園は、「京都市内を園庭に!」を合言葉に、

自然豊かな場所を求めて保育をしているが、その最重要:園庭に、大原野の「あさも畑」がある。

ここは、子どもたちのいつもの暮らしの延長線上にあって、

これまた園の合言葉の一つ「子どもらに緑と土と太陽を!」の全てを満たし、

かつ四季折々の過ごしの出来る最高の拠点である。

そして、だけでなく、田んぼ竹林いちごのビニルハウスなど、

広大な田園地帯を日々管理・運営するのが、自称「畑のおっちゃん」であり、

子どもらに絶大な人気と信頼を誇る「浅本克彦」その人である。

(今日はNHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」風でいこうと思う…笑)

 

「浅本克彦」…通称あさもっちゃんの経歴は面白い。

 

高校を出て、トラックの運転手や解体工をしていたものの、

子どもと向き合う仕事に就きたいと、保育の扉をたたく。

 

当時、茶髪にノーライセンスで、面接した保育園主任をたじろかせる…

 

そして、前園長の「子どもたちの前に立つのは資格やない。人や。」という言葉を胸に、

子どもたちと日々、真正面から深く関わり、仕事のかたわら資格も取得し、

保育の最も難しい年代とされる年長保育にも深くたずさわる

 

あさもっちゃんの勤めた「みつばち保育園(本園の姉妹園)」は、

子どもの多い地域にあり、保育所入所は当時、簡単なものでなかったが、

その中でも、とりわけ子どもとその発育に真に寄り添う保育園として、

どの子も我が子」を合言葉に、保育を必要とする方々をできるだけ多く受け入れたいと、

職員一丸となって地域の子育て支援や保育参加などを積極的に行っていた。

その場所で、あさもっちゃんは、できることを精一杯の挑戦で楽しみ、

子どもからも大人からも頼りにされる保育士の一人として、

沢山の仲間作りを支える人になっていた。

 

そして、ある時、これまで沢山の仲間と歩んできた生き方を礎に、

一見突如として、農業の道を歩みだす。

 

縁もゆかりもない農業を始めるというのは、

多大な資金力やコネクション、ノウハウを要するにも関わらず、

あさもっちゃんは全てをイチから自分自身で開拓する道を選ぶ。

しかも、子どもたちと…

 

あさもっちゃんは、常に行動する。

荒れた畑を開墾し、放置竹林を整備し、巨額ローンを組んでビニルハウスの建設をして……

毎年のあさも畑の成長は、子どもたちの成長と同じくらい著しかった。

それは、自分自身で全てリスクを負い周りに力をもらい、

自分の力を信じてやり抜いてきた経過を表していた。

 

そして、そこに子どもたちを迎え入れたのだ。

場所を区切ったり、時期を限定したりすることなく。

 

効率と合理性を優先し、目先の利益や採算を考えれば、

子ども向けの場所と時間を設定しなければやっていけないと思う方が当然だ。

 

そこに、あさもっちゃんが、子どもたちと共に目線を合わせて、保育をしてきた真髄がある。

それは何か…その2に続く…